自宅から 1キロ以内の深大寺エリアで撮った「身近な絶景」を SNS に掲載する写真家・善本喜一郎さん。見慣れた風景の中にある“絶景”の見つけ方や記録の楽しみを、善本さんと一 緒に深大寺・神代植物公園を巡りながら教えてもらいました。
どこか遠くより発見がある、身の回りのいつもの風景
「身近な絶景」と銘打たれた善本さんの Instagram の投稿を見ていると、日本の四季の美しさに改めて胸を打たれると当時に、何だかとても不思議な気持ちが湧き上がってきます。メディア『奥深』のフィールドでもある深大寺や神代植物公園という、多くの人が訪れる極めてポピュラーな場所とは思えないほど、その風景は幻想的で、時に叙情的。大事な物語の一場面のようでもあり、どこか知らない国の景色を見ているような気持ちになることもあります。
中学生の頃から二十歳までを深大寺エリアで過ごした善本さん。多くの若い人たちがそうであるように、当時は自然豊かな環境や地元の名物である深大寺そばなどに関心が向くことはありませんでした。その後、写真家となり広告業界での商業写真を生業とし、再び生活の拠点を深大寺エリアに移した善本さんは、改めて周辺環境の豊かさに気付いていったといいます。
「僕にとって写真は仕事なので、以前は散歩のときはあえてカメラを持たずに歩いていました。でもある時カメラの講座を引き受けるようになって、受講生に『身近なものを撮れ』 とアドバイスしている自分がいた。『どこか遠くに撮るものを探しにいくよりも、身近なところに発見があるから』と。ところが考えてみると、自分はそれまで身近なところを撮ってこなかったんです(笑)。それで自宅から1キロ以内のところだけを撮って、Instagram にあげるようになりました。これがよかったですね。同じ場所を撮っても毎回違う写真になるし、 純粋に光を見るトレーニングにもなる。2016 年に新宿のオリンパスギャラリー東京(現 OM SYSTEM GALLERY)で深大寺の風景の写真展を初めて開催したら、地元の人もたくさん 来てくれました。深大寺や神代植物公園、それからこの辺りのお蕎麦屋さんからも反響があり、コミュニケーションツールとしても面白いと感じました」
善本さんが講師を務める講座やワークショップでは、参加者と一緒に深大寺や神代植物公園を巡りながらみんなで風景を撮影します。同じ場所に立ち同じものを見ているはずなのに、人とは違う写真になる。取り立てて珍しい被写体があるわけでもない馴染みのある風景が、初めて見る美しさや瑞々しさで視界に飛び込んでくる。そんな一コマを切り取る視界の捉え方を、参加者は善本さんの講座から学んでいます。
昨日とは何かが違う。違和感を見つけ追求して撮る自分だけの風景写真
奥深編集部も善本さんと一緒に深大寺、そして神代植物公園へと繰り出しました。参道に咲き始めた早咲きの桜や、境内の池にいる鯉のことなど、歩きながら見慣れた地域の風景の変化を教えてくれる善本さん。善本さんがどんなところに目を配りながら歩くのか興味津々だった奥深編集部に、こんな風に話してくれました。
「撮るものを探そうとしないで、フラットな気持ちで歩く。雨上がりの空気や湿度や光、それから足の裏の感覚を感じながら歩く。五感を目覚めさせるような意識かもしれません」
毎日のように歩き、全ての路地を知っているくらい慣れ親しんだ深大寺エリア。それでも飽きることなく通うのは、いつも違う風景が撮れるからだと善本さんはいいます。
「いつもの同じ場所に立っても、何かが違うと感じることが時々あるんです。それが何なのかを突き詰めると、次なる被写体の発見につながったりします。境内の池も日によって水の感じが違って見えたり、季節によって水に映る色も違ったり、同じ季節でも気象条件によって見える風景が違う。何か引っかかることがあったら、それをどう撮るかを考えます」
そんな善本さんの風景写真で大きな役割を果たしている要素の一つ、「水」についても聞い てみました。植物についた水滴や雨の風景、水たまりや池に落ちる枯葉、水面に映る景色など、歩いていたら通り過ぎてしまう何気ない風景が、目を離せないほど心を惹きつける一瞬 となって切り取られています。
「ある時から水たまりに執着するようになったんです。水たまりの水面ギリギリまでカメラを下げると、奥にすごい風景が広がっているんですよ。雨上がりには植物公園に水たまりを探しに行くようになりました。水たまりも池も、ちょっとの風の揺らぎでまったく違う水面になる。これも風景写真の面白さで、同じ場所に行けば同じ写真が撮れるわけではありません。季節や時間帯によって全然光が違うし植物の様子も違う。毎日本当に違うんです。そういう違いを見つけるのが面白いですね」
毎日のように地域をめぐり風景写真を撮る善本さんの撮影装備はとってもシンプル。オリンパスのカメラ 1 台とレンズが 2 本。それだけ。機材よりも自分だけの視点や視野、そして視座で捉えた写真で人が驚いてくれるのが楽しいと話してくれました。
「メーカーの講座だと、本当はもっとカメラやレンズの話をしてほしいのかもしれないけれど、僕は機材の話はほとんどしないし、お手本も示さない。本質的なものを見る目や見方などの話をします。そうすると写真を撮ることやカメラが好きな人が、正解を気にせずのびのびと自分の視点で撮り始める。100 人いたら 100 人のものの見方があるわけだから。自分だけの視点で風景を見ることで、写真を楽しみ始める。それが面白くて講座を続けています。 もちろん人に言うからには自分でもやらないといけないですね。僕自身もみなさんと一緒に真剣に撮っています」
自分が楽しみ人を楽しませる。熱量の高い“記録”の持つ力
写真家のキャリアとしては商業写真がその多くの割合を占める善本さんですが、1984 年の昭和末期に撮影した東京の都心の風景と、令和である現在の同じ場所の写真を並べた写真集『東京タイムスリップ』を 2021 年に発売。著しく変化を遂げた東京の風景は、多くの人の記憶を呼び覚まし、心を揺さぶっています。定点観測している都心の風景も、暮らしの一部としてある深大寺エリアの風景も、ともに“記録”することを善本さんは楽しみ続けてきま した。
「1984 年の東京は街がどんどん開発されていった時期。でも僕は新しくできたものよりも、 昔から残っているもののほうが面白かった。古いものがどんどん壊されて新しくされていくので、残っているものを写真で記録していたんです。当時はまだそこにある風景だから誰も見向きもしなかったけれど、コロナ禍でその時と同じ場所を撮って並べたらものすごい反響があった。40 年前の写真自体は 40 年前と何も変わっていないのだけれど、見る人の見方が反映される。写真は“鏡”なんだなとすごく感じます」
一方で、深大寺の風景写真は少し違う楽しみ方をしているという善本さん。人が普段見ているようで見ていない風景がたくさんあること、同じ風景でも人それぞれ見え方が違うこと。 そんな気づきが 1 枚 1 枚の写真から得られます。
「自分が一番楽しいんですよ。写真は肉体的に大変なことはあるけれど、ハードルが上がれば上がるほど、撮りたい写真が撮れた時の達成感がある。それが写真の深みにもつながると思っています。SNS がまさにそうですが、自分が楽しんでいて被写体に対する熱量が高いと、見る人にも伝わるんです。それはテクニックとは別の話です。『東京タイムスリップ』 のように時代の流れとともに新しいものの見方も出てくるけれど、自分が楽しんで、見る人を楽しませるというのが僕の仕事かなと思っています。とにかく信じたものを続けることですね」
深大寺エリアを撮り続けている善本さんのお気に入りは「裏通り」だそう。賑やかで見栄えの良い風景よりも、メインストリートから外れて脇道へ入っていくのが好きだといいます。 最後に、「身近な絶景」を撮り続けるヒントも教えてもらいました。
「このエリアのおすすめの時間帯は、お店が閉まり出す 16 時以降ですね。人の少ない時間帯。神代植物公園も入園が 16 時までなので、僕はいつも 15 時 50 分くらいに入ります。そ うすると閉園時間の 17 時まで独占状態です。静かで贅沢な気分になります。
自分が気に入った場所を見つけたら、時間を変えて歩いてみるのも良いと思います。一つの場所を決めたら何度も歩く。僕はそうやってこの辺りで“巡回”する場所がいくつもあります。 1 年の中で最もベストなタイミングを探すんです。特に雪が降り始めた直後や雨上がりなどは、いつもの風景との違いも大きくて面白い。写真は現場に行かないと撮れないので、身近な場所だからこそ撮れる風景写真の楽しさがあると思います」
善本さんの話を聞きながら撮影スポットを巡るうちに、奥深編集部もすっかり自由な気持ちで目の前の風景を楽しんでいました。普段はできるだけ避けて歩く水たまりを見つけるたびにみんなでしゃがんで水面を覗き、木々の匂いを確かめ、鳥の声や水の音に耳を傾ける。 そこにあるものにフラットに向き合うだけで、いつもの風景にこれまでとは違った世界が見えてきます。それはきっと自然の中だけでなく、住宅街やお店、道路など、私たちの暮ら しのどこにでも見つけることができるはず。いつもの散歩や買い物の時に、スマホで同じ場所を撮り続けてみたり、これを機会にカメラを持ってまちに出てみるもの面白そうです。奥深大寺エリアのあちこちにあるはずの「身近な絶景」を探してみませんか。
「身近な絶景」Instagram
https://www.instagram.com/kiichiro.yoshimoto/
「東京タイムスリップ」Instagram
https://www.instagram.com/tokyo_timeslip/
1960年生まれ、森山大道、深瀬昌久に写真を学ぶ。1983年「平凡パンチ」(マガジンハウス)特約フォトグラファー、以後、雑誌や広告の世界で活動。「身近な絶景」題して自宅近くの深大寺、神代植物公園を撮り続けている。2016年、2019年、「JLNDAIJI The four Seasons」展(オリンパスギャラリー東京)開催。
公益社団法人日本広告写真家協会 副会長
宣伝会議「編集ライター養成講座」講師
詳しいプロフィールは www.kiichiroyoshimoto.jpをご覧ください。
Point!
奥深大寺推しポイント
東京都立農業高等学校 神代農場国分寺崖線と呼ばれる、天然の湧き水が湧き出て、武蔵野の里山景観を今に残す貴重な場所にあります。普段中に入ることはできませんが桜の季節や月2回ほど公開しています。(日程は東京都立農業高等学校ホームページで確認してください!)