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奥深 OKUJIN

OKUJIN

“あとひと口食べたい”お菓子
が生まれる、なだらかな坂の下

余計なものを使わない、シンプルで心に残る焼き菓子をつくる「dans la nature(ダン・ラ・ナチュール)」の千葉奈津絵さん。奥深大寺の工房にはささやかな販売スペースが併設され、月に数回だけの工房販売日には、どこからともなくお客さんが訪れます。

原点は日常の中のお菓子づくり。

「満足しすぎないお菓子」。千葉さんは、自身のつくるお菓子についてそう表現します。

「“あとひと口食べたかったな”って記憶に残してもらえるようなお菓子。シンプルでいつでもすんなり食べられるものをつくりたいというのが、始めた頃からの変わらない思いです。レシピをつくるときも、カットの大きさや包装を考えるときも、いつもそれを意識しています」

そんな千葉さんの言葉の通り、dans la natureのお菓子はどれも、主張しすぎない甘さやボリューム。それなのに、心の片隅に小さな明かりがポッと灯るような存在感で、あれ?今の感じは何だったんだろう?って、もう一度食べて確認してみたくなる、心に残るお菓子なのです。

お料理好きなお母さんのいる家庭で育ったという千葉さん。みんなで甘いものを楽しむ“お茶の時間”も、家族と一緒にお菓子をつくる風景も、子どもの頃から日常にあったといいます。

「お菓子が焼き上がる匂いがすごく好きだったんです。最初は姉と一緒に私もお菓子づくりを手伝って、小学校高学年くらいになると自分だけでもつくるようになっていました。家族みんな甘いものが好きで、お茶の時間にも食後にも、そこには必ず甘いもの。つくると喜んでもらえるので、それが嬉しかったですね」

千葉さんの原点は、慣れ親しんだ暮らしのひとコマであり、自分のつくったものが誰かの気持ちを満たせるという喜びの体験でした。

その後、紆余曲折を経て人生の進路にお菓子づくりの道を選んだ千葉さんは、専門学校で本格的に製菓を学び、卒業後はパン屋で製造の経験を積んでいきました。

「やっぱりお菓子をつくるのがいちばん好きだったことに気づいた」と千葉さんは当時をふりかえります。

「専門学校では人と一緒に作業するというのが、それまでにない経験で楽しかったし、自分の手際のよさに気づくこともできました。就職先のパン屋では、当たり前だけれど、毎日同じものをつくるというプロの仕事の最初の一歩を教えてもらいました。パン屋はとにかく労働時間が長かったし、私はなかなかフレキシブルに動けずよく怒られていましたが、今となっては現場で厳しく学べたことはよかったと思っています」

パン屋のあと、いよいよ菓子製造のフィールドに移った千葉さんは、個人経営の紅茶専門店でお菓子づくりを担当。ここで日々焼き菓子の経験を重ねるにつれ、自分のお店をつくりたいという思いが徐々に湧き上がってきたそうです。

「“自分だったら”って思うようになったんです。もし自分でお店をやるならこのレシピにはこういう材料を選びたいなとか、もう少しこういうものをつくりたいなとか。いつもの作業の中で気になることが出てきて、自分でやってみたいと思うようになりました」。それは千葉さん自身の視野の広がりの現れだったのかもしれません。むくむくと育ってきた思いを形にしていくまでに、さほど時間はかかりませんでした。

直感が道をつくり出会いがお店を育てていく。

2006年。20代半ばだった千葉さんは、自身のブランドdans la natureを立ち上げ、知り合いづてに各地のお店やギャラリー、イベントなどでお菓子を出店するようになりました。

「最初は工房だけを借りて、焼いたお菓子を持って行商みたいなことをしていました。どこかに出店するとそこで新たなお店や人とつながって、取り扱ってくださるお店が増えたり、作家さんの展示やイベントに声をかけていただいたりして、本当に全国あちこちに行きました。当時はフットワーク軽く動けたので、そういうやり方がちょうどよかったし、楽しかったです」

行く先々でつながりが広がっていった“行商シーズン”は数年続き、dans la natureのファンも各地に増えていきました。そんな中で出会ったイラストレーターの福田利之さんは、dans la natureにとってなくてはならない人。思わず惹きつけられるお店のかわいいロゴマークや包装紙は、全て福田さんによるものです。

「つくったお菓子をどう売るか、お店のイメージをどうつくっていくか、私自身はそういうのがすごく下手で…。ロゴをつくってくださった福田さんをはじめ、行商している頃に出会った方たちがすごく助けてくれました」。福田さんのデザインはdans la natureの顔となり、千葉さんのつくるお菓子に寄り添うように柔らかな存在感を放っています。

千葉さんが現在の場所に工房を構えたのは2012年の11月。どの駅からもちょっと距離のある住宅街に決めたのは、「ほとんど直感」だったそうです。

「最初はもっと別のエリアで駅に近い場所を探していたんですけど、駅前や商店街の雰囲気でしっくりくるところがなかなかなくて…。あちこち見て回ったけど、駅からちょっと離れた場所でもいいんじゃないかなと、ふと思ったんです。そうしたらちょうど不動産屋さんが、調布からも吉祥寺からもアクセスできる場所ということでここを紹介してくれて。何も建っていないこの場所を見にきて、“あ、絶対ここだ”って。角地だったこともありますが、坂道の感じが気に入って。周りに何もないけど、ここなら何か人と違うことができそうな気がしました」

自分の感覚を頼りに、思い立ったらまずやってみる。何か違うなと思ったら方向転換する。それが千葉さんのスタイルです。

「直感型なんです」と笑う千葉さんは、初めましてのこの土地に迷わず工房を構え、次第に地域に受け入れられていきました。dans la natureの通りに面した大きな窓の外には、千葉さんが一目惚れした坂道とバス停が見えます。この窓は千葉さんのこだわりでもあり、お気に入りの風景でした。

「大きい窓は絶対につくろうと思っていたんです。ここから外を見るのがおもしろくて。バス停で待つ人たちの思い思いの過ごし方を観察したり、顔見知りの子が通りがかりに手を振ってくれたり」と楽しそうに話す千葉さん。実は『魔女の宅急便』が好きで、主人公のキキが暇なときにカウンターから外を眺めるシーンを思い描きながらこの窓をつくったことを教えてくれました。

10年同じ場所にお店を構えていると、初めはお母さんと一緒にお菓子を買いに来ていた子がだんだん大きくなり、今では一人でお店にくることも。そんな風にまちや人の変化に触れながら、千葉さんはここでお菓子をつくり続けているのでした。

最初から最後まで自分の手で。

dans la natureを立ち上げてからこれまでに、千葉さん自身にもターニングポイントが3つあったといいます。まずは2011年の東日本大震災。多くの人が生命そのものや衣食住について考えたこの時期から、千葉さんは食べるものやつくるものに対して、それまで以上に意識的に、本当に必要なことを考えるようになりました。

「親が農薬などはあまり体に入れたくないという考え方だったので、私にもその感覚はありましたが、震災をきっかけに、改めて毎日食べているものや使う食材のことが気になり始めて…。農薬や添加物のことを調べ直して、より一層、そういうものは使わないでつくりたいと思うようになりました」

dans la natureのお菓子はシンプルで嘘のない味。それは千葉さんの、“食”への向き合い方そのものなのかもしれません。

2つ目の変化は出産でした。「常に最優先だった仕事が2番になった」と、さっぱりした口調で千葉さんはいいます。それまでやったことのない“子供ありき”の働き方に変え、限られた時間でできる仕事量や販売のスタイルを模索していきました。仕事が大好きな千葉さんですが、その時々の生活に合わせて働き方を変えていくことに、葛藤はさほどないといいます。

「dans la natureは私一人でやっているので、仕事の量も時間も自分で調整します。それはこのスタイルだからできることだし、このやり方でよかったと思っています」

そう。千葉さんは一人でやることにこだわってきました。レシピを考えお菓子をつくり、カットして袋に詰めて、お会計してお客さんに手渡すところまで。それを「最初から最後まで自分の手でやりたい」といいます。

「たくさんの量がつくれないのはいつも悔しいと思うけれど、仕方ない。一人が好きだし、大きな機械を導入するのは何だか違うなと感じるので。やっぱり手でつくりたいし、ここに来てくれるお客さんと話すちょっとした時間も好きなんです」

一人だからこそのメリットと、一人だからこその限界。その両方をしっかりと受け止めながら、千葉さんはお菓子をつくり続けています。

そしてもう1つの変化は、やはりコロナ禍。世の中のあらゆる活動が止まった第一波で、dans la natureも工房販売をクローズ。その後、少しずつネット販売を再開していきました。工房に来るお客さんとの何気ないやりとりをとても大切にしていた千葉さんにとって、少なからずもどかしさを抱えた期間だったに違いありません。それでもできることを考え、道をつくって進んでいくのが千葉さんです。HPで注文を受け、直接会うことはできないお客さんのことを思いながらお菓子の発送をする、そんな日々が続きました。次第に工房販売も再開できるようになり、現在のdans la natureは、事前予約も受けつつ通常の店頭販売にも対応しています。

「コロナ以前の工房販売では、並んでくれたのに売切れで買えないというお客さんが出てしまうこともあって、それがすごく申し訳なかったし課題だったんです。だから、コロナがきっかけではあったけれど、予約をとるというやり方ができるようになったのは、よかったと思っています」

その時々の状況や暮らしに合わせて、自分の思いを確かめながら仕事のやり方を調整していくことについて、「本当に、自分のできる範囲で少しずつ変えていっているだけなんです」と千葉さん。それは千葉さんにとって、とても自然なことのようでした。

つなぐお菓子、きっかけになるお菓子。

このエリアでお店を続けることの魅力を、千葉さんは次のように教えてくれました。

「ここでお客さんと話すちょっとした地域の情報交換だったり、まちで会ったときに“あ、こんにちは”ってなる瞬間が好きです。“今度はいつ開くの?”とか声をかけてくださるご高齢の方もいたりして、そういうのもすごく嬉しい。地域に生かされているという気がします」

時とともにお店がまちに馴染んでいき、dans la natureはこの先どんなお店になっていくのでしょうか。千葉さんは、「普段はあまり先のことを考えないで、目の前のことばかりなんです」と言葉を選びながらも、思い描いていることを教えてくれました。

「まずは今やっていることをこの先も続けていきたい。農家さんや作家さんなど、自分が好きな人やモノと、来てくれるお客さんをここでつないでいくことや、あと材料のこともそうですね。どうしてこの材料を選んでいるのだろうとか、なぜ賞味期限が短いんだろうとか、本当に微力だけれど、私のつくったお菓子がちょっとしたことを考えるきっかけになったら嬉しいです」

dans la natureのお菓子には、三鷹や調布など地元の果物や、遠方の産地直送の旬の農産物が使われることも多く、Instagramには産地や農家さんの名前がたびたび登場します。おいしいお菓子をただ提供するだけではない、何かをつなぐお菓子、きっかけになるお菓子を、千葉さんはつくっているのでした。さらに、今は無理だけど…と前置きして、いつかやりたいこととして「お誕生日ケーキをつくりたい」と教えてくれました。これはdans la natureのファンには嬉しいお楽しみです。いつの日か、そんなオーダーができるときがくるかもしれません。

最後に、決して大袈裟ではない交流が日々の中に散りばめられる奥深大寺エリアの楽しみ方を千葉さんに聞きました。

「個人店がポツポツとあるのがおもしろいですね。小さいお店で営業日や営業時間が、みなさんそれぞれの生活に合った時間になっていたりするので、それを探して訪ねます。さまざまなストーリーがあるんだろうなあというのが伝わってくるお店も多いし、そういうところにこのエリアの豊かさを感じます」

Profile
千葉 奈津絵

子供の頃からお菓子作りが好きで、家族や友人に自分の作ったものを振る舞う喜びを覚える。バンタン製菓学院(現レコールバンタン)ベーカリーカフェ卒業後パン屋、紅茶専門店での製造担当を経て2006年にdans la natureとして独立。
2012年に調布市深大寺に工房をオープン。

dans la nature

調布市深大寺東町6-39-41 / 090-2425-2010(お問い合わせは月~土の9:00~18:00頃にお願いいたします)/ 工房販売の予定はwebサイトにてご確認ください
Point!

奥深大寺推しポイント

奥深大寺は緑が多く落ち着いた街並みで住民のみなさんもゆったり生活されていように感じます。深大寺に拠点を移してからあたたかな方々との出会いがたくさんありました。
小さなお店も点在していて、それぞれの店主さんのセンスを覗けることも楽しみのひとつです。