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奥深 OKUJIN

OKUJIN

自分にもできる。つくる楽しさや
喜びを知る陶芸教室

「つくるって うれしい」。深大寺陶芸教室の看板に添えられたシンプルな言葉は、教室を主宰する陶芸家の馬場咲夫さんのもの。今にも動き出しそうな陶器の動物たちとともに、道ゆく人、訪れる人たちの目を楽しませています。

深大寺から始まる陶芸のストーリー

武蔵境通りのオレンジ色の外観が印象的な深大寺陶芸教室。馬場さんはここで40年以上、子どもから大人までたくさんの人に陶芸を教えています。建物の北側と南側に分かれた2つの作陶室のほか、様々な種類の釉薬が並ぶ部屋、5機の電気窯を備えた窯部屋などゆったりした環境が整った教室には、平日の午前中から生徒たちが自由に出入りし、それぞれの作品に取り組んでいます。

生まれも育ちも深大寺という馬場さん。陶芸家の両親に育てられた馬場さんの側には、生まれたときから陶芸の環境がありました。

「昭和14(1939)年に父が深大寺に窯をつくって簡単な家を建てた。それが始まりです」

帝国美術学校(※)で陶芸を学び瀬戸の窯で作品をつくっていた父が、東京に戻り深大寺に根を下ろしたこと。商人の娘だった母との結婚、戦後の食糧増産政策の中で、雑木林が減り畑が増えていった深大寺の風景。そして芸術家気質で生涯働くということをせずに作家人生を全うした父の生き方など、馬場さんの口から語られるご両親と深大寺のストーリー。今とは違う人々の営みや文化、今となっては見ることのできないまちの風景が、確かにここにあったのでした。

「私が小学校に上がる頃、生活のために母が深大寺の参道に“らくやき”のお店をつくりました。素焼きの器にお客さんが絵付けしたものを焼くという、今でいう体験サービスですね。日中は母がそこにいるので、私や兄は学校が終わるとお店で過ごしていて、中学生くらいになると素焼きの生地(ボディ)をつくったり、お客さんのものを窯で焼いたり包んだりと、店の手伝いをするようになっていました」

当時は今の陶芸教室の場所に父の工房と住居があり、深大寺参道のお店が一家の生計を支えていたそうです。馬場さんの暮らしには常に生活の一部として陶芸があり、子どもたちは自然と陶芸の知識や技術を身につけていきました。農家の子どもが農業を手伝っていたのと同じように、家業としての陶芸を、馬場さんも違和感なく手伝っていたといいます。

「私自身はものづくりが好きだから始めたわけではなく、親の工房やお店という環境があるし、家の仕事をやっていくものだと思っていたので、学生の頃はとにかく好きになろうと努力をしていた気がします」

それでもつくること自体は面白かったといい、結果的に「陶芸を好きになったんですよね」と当時を思い出しながら静かに言葉を紡ぐ馬場さん。家の仕事を手伝ううちに陶芸が次第に自分自身の軸になっていくような、目には見えないけれど大きな何かが馬場さんの中に生まれたような時期があったのかもしれません。その一つともいえそうな大学時代のことを、馬場さんは教えてくれました。

(※)武蔵野美術大学と多摩美術大学の前身となった学校。馬場さんの父・吉田実氏は1929年創立の同学校の第1期生だった。

陶芸教室の2階には吉田実氏の作品が常設展示されている

人の手でつくる面白さと奥深さ、そして自由

母のお店を手伝いながら大学に進学した馬場さんが学んだのは、インダストリアルデザインでした。一つひとつ自分の手でつくり上げていく陶芸とは対極にあるような、大量に生産することを前提とした工業製品の世界です。

「手でつくることも楽しかったけど、機械好きでもあったんです。時計を分解したりラジオを組み立てたり、ハンダゴテを使ったりするのが好きでした。でもやっぱり、全然違う世界でしたね。結局そっちには進まなかったけれど、陶芸教室にも色んな要素を集めて筋道を立てて物事を進めていくというところがあるので、大学時代に学んだことはずいぶん役に立っています」

新たな分野の世界に触れつつも、馬場さんは一時期大学を休学して全国の窯元を見て回りました。これが一つの転機となり、復学してからも毎年大学が休みになると地方の窯へと出かけるようになった馬場さん。その頃から本当に陶芸が好きになっていったといいます。

「あの時代は地方の窯もみんな元気だったので楽しかったですね。それぞれの土地の焼物がありますが、巡っていくと意外とつながりが見えたりして。日本では明治の頃から工業や工芸など、色んな産業の試験場や指導所が全国につくられて、ヨーロッパから来た技師が技術を伝えるという時代がありました。その技術が各地の産地に散らばって、元々の土地の伝統工芸と混ざり合っていく。全国の窯を見て回っていると、そういう技術のつながりが見えてきたりしてすごく興味深かったです」

学生時代も陶芸を続け本格的に陶芸の道へと進んだ馬場さんは、卒業後に国分寺の工房に就職したのち、父の工房でもあった現在の場所に深大寺陶芸教室を立ち上げました。1978年、27歳のときでした。

「父を見ていたので作家ではなく職人になりたかったんです。結婚もしていたし稼がなきゃいけないとも思っていましたね。ただ、職人の仕事がなくなってきていた時代でもあり、深大寺参道のお店はすでに兄が継いでいた。そこで、ここに場所があったので陶芸教室をやることにしました」 以来、教室で教えながら自身の作品づくりを行う馬場さん。教室の入り口に設えられたショップスペースで存在感を放つパンダやシロクマ、ゾウ、アリクイなどの動物たちは、馬場さんの特徴的な作品です。見た目にも人の手の“手触り”を感じることのできる馬場さんの立体造形は、どの生き物も一様に表情豊かでどこか愛嬌があり、語りかけてくるような視線や仕草に思わず惹きつけられます。

「カチッとしている硬い感じのものよりも、もっと“ぐにゃぐにゃ”したものが好きなんです」と馬場さん。粘土のかたまりを自由にいじって形をつくり、命を吹き込んでいく面白さは、陶芸教室に来る子どもたちから教えてもらったといいます。

「動物を生きているようにつくるというのが面白いんですよね。ちょっと傾けて仕草をつけるだけで全然違う表情になったり、動物の骨格や無意識の動作や姿勢を考えて、どうやったら“仕草”を表現できるかと……」

話しながらも馬場さんの手の中で粘度が“ぐにゃぐにゃ”と形を変えていき、あっという間に何かの動物らしい姿が見えてきます。そこに無造作に目と口の穴を開けるだけで、なんともユニークな表情の生き物が誕生してしまいました。まるで手品のよう。見とれているうちにそこにちょっとずつ仕草が加わり、生き物はどんどん表情を変えていきます。

伝えたいのは“楽しさ”や“嬉しい気持ち”

作品づくりや陶芸教室の話を聞いていると、「面白い」というキーワードが何度も馬場さんの口から出てきます。

「つくるのも面白いし、教えたりプロセスを考えたりするのも面白いですね。教室では一緒につくったりちょっとヒントを出してみたりしていますが、基本的には自分で面白いと感じてもらわないと始まらない。教えるというのはそこが難しい。でも、どうやったら伝わるかを試行錯誤していくのもまた面白いと思います」

深大寺陶芸教室では、会員制の教室のほか体験教室や出張教室など、様々なアプローチで陶芸への入口を開いています。子どもから大人まで誰にでもできるというのも陶芸の魅力であると馬場さんはいいます。

「出張教室ではお年寄りや認知症の方、様々な障害を持つ方などがいます。それぞれの方に特有の動きがあったり、同時に複数の作業をすることが難しかったりするので、その方ができる動作で立体物をつくり上げるために、工程を単純化してプロセスを組み立てたりします。スタッフみんなで相談して、それぞれの生徒さんにあった工程を考えたり改善したりしながら進めています」

また、地域の幼稚園や保育園、福祉施設のたくさんの子どもたちにも陶芸を教えてきた馬場さん。つくる喜びを全身で味わう子どもたちとのものづくりは、馬場さんにとっても楽しい時間です。

「子どもは喜怒哀楽がすぐ出てくるし、自分の手でつくって完成したらそれで嬉しい。つくることそのものを楽しんでくれる。これは子どもにも大人にもいえますが、自分でつくったものを手にして嬉しいと感じてもらいたいんです。あとは作品を人に見てもらったり人のものを見たりして、認め合うことができる。そういうことができるのもすごく嬉しいですよね」

深大寺陶芸教室では年に1度、併設のギャラリーで受講生たちの作品を展示し、一般に公開する機会を設けています。また2023年3月には、祖父母や父と同じく陶芸の道に進んだ馬場さんの娘・小田紋子さんをはじめ教室のスタッフや生徒たちが企画運営した「あおぞら陶器市」が開催され、多くの来場者で賑わいました。

「それぞれが自分のお店を構えて作品を販売し、同時にワークショップなども開催していました。つくったものをたくさんの方に楽しんでもらいたいという企画でしたが、スタッフも生徒さんも、売上よりいろんな方との触れ合いがすごく嬉しかったみたいです」

自身の作品づくりも陶芸教室も、展示や販売も、さまざまなアプローチを受け入れ面白がる視点を忘れない馬場さん。文字通り生まれたときから陶芸とともに生きてきた馬場さんが、陶芸を通して伝えたいことを“楽しさ”や“嬉しい気持ち”とするのは、これ以上ないくらいの愛なのかもしれません。

訪れるあらゆる人につくる喜びを手渡すため、馬場さんは今日も陶芸教室を開きます。

Profile
馬場 咲夫

1951年 生まれる、父母は陶芸家吉田実、馬場信子。1975年 東京造形大学卒。1978年 国分寺「西和」退職、深大寺陶芸教室始業。1989年 吉祥寺井の頭画廊で初個展、以後個展、グル ープ展、公募展で発表。2011年より震災支援のご縁で大船渡市で陶芸教室を継続開催。好きなことは、子ども、読書、犬、ごはん作りと酒少々、陶芸以外のボランティア。

深大寺陶芸教室

調布市深大寺北町1-19-1 / 042-483-6478 / 営業 月火土日10:00~17:30、木金10:00~20:30(祝祭日含む)/ 定休 水・平日5週目・年末年始
Point!

奥深大寺推しポイント

国立天文台の東、天文台通りと武蔵境通りの間。大きな農家が点在して、国木田独歩が逍遥した、武蔵野の風景が忍ばれます。