人見街道沿いで静かに存在感を放つ、三鷹市新川の家具店「BRICKS STORE」。店内には丁寧にレストアされた、北欧ヴィンテージ家具や照明などが展示されています。時代を超えて愛される家具やデザインへの思いを、オーナーの牛谷朋也さんに聞きました。
自分がいいと思うもの、そして暮らしになじみやすい家具
牛谷さんがBRICKSを立ち上げたのは2010年のこと。もともと好きだったヴィンテージ家具の中でもクオリティの高い北欧の家具と、ドイツのBRAUN社製ヴィンテージオーディオを扱うWEBショップとしてオープンしました。
「当時、僕はイギリスヴィンテージの家具店に勤めていて、修復の仕事をメインにしていました。そこで働くうちに、イギリスの家具が影響を受けた北欧のデザインや、北欧家具のつくりの良さを知ったんです。知れば知るほどその魅力にはまっていき、それをみなさんに紹介していきたいという思いで、BRICKSを立ち上げました」
お店に並ぶテーブルや椅子、キャビネットなどの家具は、誕生から半世紀以上が経つものばかり。当時の社会的背景やデザイナーの思い、そして洗練されたデザインはさることながら、その経年の味わいこそが、ヴィンテージ家具の大きな魅力であると牛谷さん。
「新しいものにはない木材の色の深みや質感が、ヴィンテージ家具にはあると思います。そこにはデザイナーや工房の職人の人間味、そして使われてきた時間が詰まっている。それは例えば、今の時代に同じ木材で同じデザインのものをつくったとしても、出すことのできない味わいです。自分にとってヴィンテージの家具は、“買う”というよりも“受け継ぐ”という感覚が大きく、長く生きてきた家具を受け継いで使うということに共感してもらえるのは、ヴィンテージ家具を扱う喜びでもあります」
2016年、牛谷さんはオンラインで運営を続けていたBRICKSの実店舗を、新川にBRICKS STOREとしてオープンしました。三鷹市役所からもほど近い住宅エリアに店舗を構えたのは、当時牛谷さん自身がこのあたりに住んでいたこと、そしてタイミングよく自宅からすぐのいい場所が見つかったからだそう。家具は気軽に次々と買い換えるものではないからこそ、実際に現物に触れ、商品の背景や状態を牛谷さんから直接聞くことができる実店舗の存在は重要です。通りがかりに立ち寄る近隣の方もいれば、WEBショップを見て遠方から訪れるお客さんも多いといいます。
半年に一度、牛谷さんが買い付けるBRICKS STOREの商品には、ボーエ・モーエンセンやハンス.J.ウェグナー、カイ・クリスチャンセンなど、1950〜1960年代の北欧を代表するデザイナーの作品が名を連ねます。
「僕が扱っている家具は、つくりがしっかりしていてデザインが簡素なものが多いです。あまりデザイン性が高いものだと、家の中で目立ち過ぎてしまったり、意外と早く飽きてしまったりすることもある。暮らしの中で長く使ってもらうことを考えて、ほかの家具とのバランスが取りやすいものをセレクトするようにしています」
そしてもう一つ、牛谷さんの仕入れには大切な基準がありました。それは、牛谷さん自身がほしいと思うか、人に紹介したいと思うか、という視点です。 「仕入れたものを修復するのも自分なので、楽しく仕事がしたいんです。そんなに好きじゃないものをただ作業として修復するよりも、本当にいいと思うものを丁寧に修復したい。そうやってお店に出したものを、実際に生活に役立ててもらうことが嬉しいので、その感覚を大切にするようにしています」
過去の時間に敬意を込めて、古いものを未来へつなげる
そもそも、牛谷さんが家具に興味を持ったのは中学生の頃でした。兄からもらったインテリア雑誌がきっかけだったといいます。
「自分の部屋を自分の好きなようにしていいんだ、というのが最初の気づきでした。子どもにとって家や家具は最初から“ある”ものなので、その発想がなかったんです。それからは模様替えがすごく楽しくなって、なんとなくそういう道に進みたいと思うようになりました。中高生くらいの頃は古着屋さんにも行くようになっていたので、新しいものより古いものに良さを感じていました。それは家具やインテリアにも通じるもので、使われてきたけど未来があるというおもしろさ。その感覚はすごく覚えています」
その後、デザインの専門学校でインテリアの勉強をした牛谷さんは、カーテンや照明、フローリングなど、インテリアに関わる業界で働き、25歳で前職のイギリスヴィンテージの家具店に入りました。そこで改めてヴィンテージの世界に魅せられることになったといいますが、中でも修復する楽しさや技術を学んだのは、この前職だったと牛谷さん。純粋に壊れたものを修理するのではなく、経年による痛みや劣化の状態を回復させ、なるべく元の状態に近づくよう修復する「レストア」という作業は、ヴィンテージ家具を使い続けるために欠かせません。その修復に携わる喜びが、牛谷さんの言葉からも伝わってきます。
「今もレストアがいちばん楽しいですね。まずは家具の状態を見て、どういう修復をすればその家具がより長く使えるようになるかを考えます。削ってオイルを入れたりワックスをかけたりするのが基本的な工程ですが、状態によっては分解して組み直すものもありますし、削ってしまうと逆によくないものもある。欠けていたり深い傷があるようなものは、その家具と同じ時代の同じ素材を探して、木目を合わせて修復したりもします。ものによってはかなりの工程になりますが、気付いたら夕方になっていることもあるくらい、没頭できるのがレストアです。ただ、できるだけ僕らが修復したという痕跡を残したくない。当時その家具をつくったデザイナーや工房の雰囲気をそのまま残したいんです。僕たちは影の存在として、木材の寿命を延ばすという意識で黙々と修復をしています」
一つの家具に数日かかることもあるくらい、気持ちを込めて丁寧に施されるBRICKS STOREのレストア。手をかければかけるほど愛着も湧いてしまうと、牛谷さんは苦笑いしながらいいます。リピーターのお客さんの元へ納品などで訪れ、かつての“我が子”が活躍している姿を見るのは、牛谷さんにとってとても嬉しい時間のようです。
心から好きだと思える家具が与えてくれる豊かさとは
北欧のヴィンテージ家具に惜しみない愛を注ぐ牛谷さんにとって、いい家具がもたらしてくれるのは「豊かな時間」。しかしそれは、家の中の全ての家具を北欧のヴィンテージにしたいということではないといいます。
「家具は一度買うと、少なくとも10年以上は使うことになるのではないかと思います。 “とりあえず”で買ったものだと、やはりそれなりの愛情しか注げなかったり、壊れたら捨てて、また同じようなものを買うという繰り返しになってしまう。そうすると結局、経済的ではないし、地球にも優しくない。だからこそ何か一つでも、自分が好きだと思えるものや、つくりのいいものを見定めて、愛情を持って長く使える家具を選んでもらえればと思います。自分の生活の中の“これだ”というところに、そういう家具が一つあるだけでも、家で過ごす楽しさや心の豊かさが得られる気がします」
そんな牛谷さんに好きなデザイナーを聞くと、「特別に誰がいいというのはないけれど…」と前置きしつつ、仕入れている数がいちばん多いのはボーエ・モーエンセンの家具だと教えてくれました。 「デザインがそんなに主張しない、一見普通の家具が多いんです。モーエンセンは庶民のための低価格な家具を目指し、生活上のありとあらゆるものを計測して使い勝手を考え抜いてデザインをした人です。無駄がなくシンプルで、落ち着くというか…、長く使いたくなる家具ですね。モーエンセンは日本のものづくりや文化にも影響を受けていて、デザインにその要素を取り入れていたりするので、日本の住環境になじみやすいものが多いと思います」
時が流れ世の中に安価なプロダクトが溢れる今では、価格だけを見てなかなか一歩を踏み出せない人も多いであろうヴィンテージの北欧家具。それでも、それぞれのデザイナーの背景を汲み取りデザインを読み解き、暮らしになじむ家具をセレクトしている牛谷さんと話していると、古いものの良さや北欧家具に対する愛に思わず共感し、お気に入りの1点を自宅に迎えたくなってきます。さらに牛谷さんは、はじめの一歩を踏み出す人にこんなメッセージもくれました。
「何よりもまず、インテリアに興味を持ってもらえたら嬉しいです。もちろん、北欧のヴィンテージ家具を買ってほしいという気持ちはありますが、雑誌を見たりSNSで探してみたりすると、イギリスのものもあればフランスやアメリカのものもある。どれかで統一しなければいけないわけではないし、いろいろ見て知っていく中で、何が好みなのか、自分の暮らしに合うのはどういうものなのかを探りながら、インテリアを好きになってもらえればと思います」 10年後、20年後、そして30年後にも使っていたい家具。そんな家具と一緒に日々の時間を刻んでいけたら…。確かに、それまでとちょっと違う景色が見えてくるのかもしれません。
1981年生まれ。インテリアデザインの専門学校を卒業後インテリアやデザイン関連の仕事を経て8年間ヴィンテージ家具店にてレストアを担当。2010年BRICKSを立ち上げ2016年に三鷹市新川に実店舗をオープンする。
BRICKS STORE
三鷹市新川6-36-36 サンパレス第3新川1F/0422-26-7112【金、土、日、月】12:00〜18:00
※火、水はアポイント制(月18:00までに電話かメールにて予約)。
定休日:木
Point!
奥深大寺推しポイント
深大寺の手打ちそば「湧水」と、野川公園。「湧水」はお店や人の雰囲気が好きで、深大寺に行くと必ず寄ります。野川公園は何もなくてだだっ広いのがすごく気持ちいい。家族でよく自転車で行っていました。