住民ではないからこそできることがある。昨年クローズしたコミュニティブックカフェ〈みたかのば〉を運営していた淺野雄太さんは、そこで生まれたつながりや活動を、今もあちこちで継続させています。外から見えるまちと人の関係性とは…?
新たな価値を生み出すリノベーションと人がつながり育まれるコミュニティ
奥深編集部が淺野さんに会いにいったのは、三鷹跨線橋のすぐ近く。そこには1台のキッチンカーがありました。三鷹の空き店舗を活用し営業していた〈みたかのば〉クローズ後、「みたかのば号」と名付けられたこのキッチンカーは、不定期開催されるイベントでオープンしたり、キッチンカーで出店したい人に貸し出されたりと、地域で活動したいけれど場所を持たない人たちを支えてきました。〈みたかのば〉のコミュニティを引き継いできた小さな拠点で、淺野さんが空き店舗活用やまちづくりの活動に関わってきたこれまでやこれからについて聞きました。
そもそも、淺野さんの本業は建築の設計です。建築業界でさまざまな現場に携わるうちに、もともとある建物を改修し、その価値を再生させていく「リノベーション」をおもしろいと感じるようになったといいます。 「建築の勉強をしていた学生の頃、世の中はすでに住宅の着工件数が下がりはじめていて、『もう建物はいらない』といわれだした時代でした。卒業後に就職したのは、新築だけでなく増築や改修工事も手がけるような設計事務所で、仕事の中でも興味を覚えたのがリノベーションです。新しくつくるのではなく、もともとある建物を違うかたちにしたり、使い方を変えたりすることで、新たな価値を生み出していく。『建築はゼロからつくる仕事』という、それまで持っていた意識の転換になりました」
住宅のリノベーションやマンション改修、店舗リニューアルなどの延長線上にある社会課題が、あらゆる地域で増えている空き家や空き店舗です。淺野さんは再生した建物をどう使うかということにも意識を向けはじめ、2017年、さまざまな地域にある空き家や空き店舗を対象に、その活用のビジネスプランをつくり出す「リノベーションスクール」に参加しました。偶然にもこのスクールが、淺野さんが三鷹のまちづくりに関わるきっかけとなったのでした。
「いろいろなリノベーションに携わりながら自分の次のステップを考えたときに、建物をつくる“動機”を生み出すところに関わっていくほうが面白いかもしれないと思うようになりました。そこでリノベーションスクールに参加したのですが、そのときに題材となった物件が、のちに〈みたかのば〉となる三鷹の空き店舗だったんです。僕にとって三鷹は大学時代に過ごしたまちで愛着もあり、すごくいいタイミングでの出会いだったと思います」
リノベーションスクールのプロジェクトでは、空き店舗の活用についてグループワークでアイデアを出し、空き家のオーナーにプレゼンをします。残念ながらそのときのプレゼンでは、空き店舗の賃貸契約を結ぶには至りませんでした。それでも活用の方向性に共感を示したオーナーから単発イベントでの使用許可が下り、淺野さんはその空き店舗の「使い方を考える会議」を開催。会議には近所の人や、すでに地域で活動している人などが集まり、空き店舗活用のアイデアをブラッシュアップしていきました。その後、さらにオーナーへのプレゼンを繰り返した淺野さん。最終的に地元住民が関わる運営のかたちを提案しオーナーの理解を得て、2019年3月に〈みたかのば〉がオープンしました。
「もともと三鷹は市民活動が盛んなまちだったので、空き店舗活用の動きが始まるとどんどんつながりが広がっていきました。〈みたかのば〉の共同代表となった千葉清さんは最初の会議から参加してくれていて、その後〈みたかのば〉を使ってくれた方たちも、誰かがつなげてくれて出会うことができた。僕は最初の場を開くということはしましたが、そこからはいろんな方たちのアクションのおかげで場ができていったと思っています」
ブックカフェ、レンタルスペース、コミュニティスペース、シェアキッチンなど、さまざまな用途で地域の人たちに“まずやってみる”場を提供した〈みたかのば〉。建物の老朽化にともないクローズしましたが、場所がなくなっても、そこに生まれたコミュニティや活動が終わるわけではありません。その後も淺野さんは、キッチンカーの運営やイベント、ワークショップの開催などで、まちの中に活動の場を開き続けています。
「そのまちの人たちが何かを始められる環境をつくることが僕の役割だと思います。それまでは使われていなかった空間が、リノベーションしたりキッチンカーを置いたりすることで、イベントをやりたい人やお店を出したい人が使えるようになる。そういう場を増やしたいんです。やってみたいことがあったら、それができる空間があちこちにある、それを受け入れてくれる人がいるのがわかる。そうやって選択肢が増えることが豊かになるということだと思うので、そんな環境をつくり続けていきたいです」
世の中の状況が常に変わっていくからこそ、まちの中に柔軟さのある余白をつくりたい。その余白こそがそこに暮らす人たちの選択肢となり、まちが面白くなっていくのかもしれません。まちのしなやかな強さにつながる選択肢を増やしていきたいと、淺野さんは考えていました。
距離を乗り越える関係性の築き方
リノベーションスクールのプロジェクト以降、自分の暮らすまちではない三鷹でさまざまな場を開いてきた淺野さん。“外の人”だからこその視点でまちとの付き合いを続けています。
「自分の暮らしの場だとちょっと控えてしまう発言や、抑えないといけない感情もときには生まれるかもしれません。僕は住民ではないからこそ見えてくるものや、そこに根付いた人たちと一緒にできることがあると捉えています」
一方で、活動するまちとの距離や関係性の続け方については、常に乗り越え方を考えているといいます。人とつながり信頼関係を育み、ともにまちで活動する。その営みを持続可能なものにしていくのは、やはり人と人です。 「頻繁に通うのが難しい状況だったとしても、距離や頻度を乗り越えられる特別なコミュニケーションがあれば、信頼し合える関係性を築くことはできると思います。例えば、〈みたかのば〉から続けている味噌づくりの『手前みそワークショップ』があります。毎年その時期になると集まるような、一緒に働くとか、一緒に何かをつくるなど、体験を共有するというのもいいのではないでしょうか」
文化とコミュニティを生み出す「発酵」と「まちづくり」
淺野さんが〈みたかのば〉で取り組みはじめた味噌づくり。味噌を仕込むために集まり、話をしながら一緒に手を動かす。仕込んだ味噌をそれぞれの家に持ち帰り発酵させ、できあがった味噌を持ち寄り、豚汁をつくって食べ比べもしています。
古くから各地に根付く発酵食が、それぞれの地域に食文化やコミュニティを形成してきたように、現代のワークショップでの味噌づくりも、コミュニティの輪を広げ、新たなアクションのきっかけづくりの場として機能しているようです。
「2019年に発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの『日本発酵紀行』の出版記念イベントを 〈みたかのば〉で開催しました。そこには発酵やコミュニティに関心のある人たちが集まってくれて、その後、〈みたかのば〉では手前みそワークショップを7、8回開催し、今も場所を移して継続しています。
発酵とまちづくりに通じるところがあるというのは、このワークショップを始めてから実感するようになりました。味噌づくりにおける菌の働きと、建築やまちづくりでの人の動きを似たものとして捉えることができる。同じ材料で同じつくり方をしても、関わる人によって全く違うものができるんです。
味噌をつくるときには僕たちは大豆を潰して麹と塩を混ぜ、菌が発酵を進めてくれる環境を用意する。菌そのものは、おいしい味噌をつくろうと思っているわけではなく、ただその環境に適応して生きているだけなんですよね。建築やまちづくりだと、設計者などがいろいろなことを考えて設計しますが、その建物やまちに暮らす人たちは設計者のためではなく、自分たちの快適な暮らしのために動きます。それぞれのねらいや働きが混ざり合って、結果的にいいまちになっていく。そう考えると、僕はまちづくりにおいては発酵する菌ではなく仕込む側です。そんなことを考えながら、実際に地域の人たちと味噌づくりをしています」
発酵が進みおいしくなっていく味噌と、人と人との関わり合いで変化し続けるコミュニティ。そのつながりを興味深く捉える淺野さんは、味噌づくりの場の持つ可能性に期待を寄せています。 「“手前みそ”という言葉の通り、自分でつくった味噌はすごくおいしいんです。また仕込んでからできあがるまでに時間がかかるので、途中経過を報告し合ったり、できあがった味噌を食べ比べるのも楽しみになります。さらに次の年もまた集まって味噌づくりがしたくなる。味噌づくりはそういうサイクルがつくれるし、そこにできたコミュニティを継続させる仕組みにもなれると思います」
場所があり人がいる。奥深大寺エリアのポテンシャル
淺野さんがリノベーションスクールで三鷹に関わり始めてからすでに5年ほどが経ちますが、状況が変わっても活動のスタンスは変わりません。「常に新しいことをやっていたい」という淺野さん。そのモチベーションがなぜ維持されているのか聞いてみました。
「それは、単純に楽しいからです。僕は本来どちらかというと内向的で、そんなにフランクに人と話せるようなタイプではありませんでした。ただまちづくりの活動を通じて、仕事をしているだけでは出会えないような人たちとも関われることを、面白いと思うようになったんです。自分にとっては常に新しい経験です。中には全然考え方が違う人がいたり、ちょっと面倒だなということもありますが、まちはそういうものだと思います。いろんな人たちがいるから、いつでも新しいことが生まれる。それもまた、地域の中の豊かな選択肢になると思うんです」
また、母校であるICU(国際基督教大学)の存在も、淺野さんがこの地域に関わり続けるモチベーションとなっています。在学中の寮生活から合わせて10年ほど暮らした三鷹で、地域と大学とをつなげるアクションを起こしたいというのも、淺野さんが温めてきた思いの一つです。
「学生時代というのは今の自分をつくった大きな要素でもあります。東八道路沿いを行き来したり、成人式は寮の仲間と一緒に三鷹市役所に行ったりしましたね。ICUと地域との接点はもちろんすでにあるし、卒業して地域の中で仕事をしている人たちもいます。ただ、あそこにはもっともっとたくさんの学生がいるので、地域の人たちとつなぐような活動はいずれやりたいと思っています」 今年はブランチ調布での手前みそワークショップや、三鷹市新川の「DIY STORE三鷹」での手前みそを使った豚汁提供など、奥深大寺エリアでの活動もスタートしている淺野さん。11月19日(日)には、奥深大寺のまちの祭典として開催される「奥深大寺まちのハレの日」にも登場します。
「三鷹に関わりはじめてからどれくらいまちに選択肢が増えたかというと、まだまだそんなに増えていない。まちづくりにまつわることは、何をするにも時間がかかるんだということを、5年かけてようやく自覚できるようになった気がします。菌を発酵させて味噌をつくるのも時間がかかるし、まちづくりも時間がかかる。今はようやくスタートラインに立ったくらいなのかもしれません。
奥深大寺エリアは畑や公園もたくさんあって、駅近ではないからこそ、地域の人が活動しやすいエリアだと思います。場所もあるし人もいる。何かやりたいことを、いろんな人を巻き込んでできるポテンシャルがとてもあると感じています。僕自身はやはり外からの参加というスタンスを活かして関わっていきたいですし、まちの中に選択肢がたくさんあるという環境をつくることは、これからも続けていきたいです」
一級建築士。2019年〜2022年三鷹市下連雀4丁目にてコミュニティブックカフェ〈みたかのば〉を運営。その後キッチンカーを活用してまちの使い方を拡げるべくイベントの企画・開催を不定期で実施。趣味は読書と発酵。毎年冬になると「手前みそワークショップ」と「豚汁会」の開催を周辺にいる人に相談して気まぐれに開催する。